最初と最後の回転寿司①

最後は学生時代からアルバイトし正社員になった話です。

学生時代はアルバイトをしようと考え、
中古ゲーム屋さんか回転寿司屋さんか迷ってて、
母親が「お寿司食べれるほうにしたら?」と言ったことからのアルバイトでした。

バイト先では中学校が近かったので、小中と一緒だった方が3人ほどいてびっくりしました。
アルバイトは大学の1年の時まで続け、
途中で違うホテルやパチンコ屋、営業などの仕事をしていて、
営業の仕事の中、店舗を見つけ食事をしていると
知っている社員の方がいらっしゃって話していると、
「前働いていた〇〇くんは、アメリカ志望で正社員になったよ」と聞いて、
アメリカにいけるならいいなぁと思い、
今のエリアマネージャーは〇〇さんだから、電話して聞いてみたら?と言われ、
営業の仕事も向いていないなぁと感じていた時なので、
辞めて、入社することになりました。
最初の3か月はアルバイトのように働いて、
3か月後に正社員になり、新たな人生が始まりました。

最初は福岡のお店でしたが、3か月ほどすると佐賀のお店に転勤することになりました。
一緒のタイミングで福岡の別のお店から同じ店舗に異動してきた社員さんがいました。

3か月ぐらい経ったときに福岡のお店が3店舗閉店するとの事で、
その中に、自分ともう一人の社員さんのお店が入っていました。
2人で戻る場所がなくなりましたねと話した覚えがあります。

その時の店長が初めてバイトしたときのお店でアルバイトだった方でした。
お寿司の握り方を教えてもらったのも店長でしたが、
パワハラがすごくて機嫌が悪いと話しかけれる雰囲気ではありませんでした。
大の巨人好きでしたので、別のチームの優勝が決まったときは、
仕事なのに、ご注文を通す事も嫌なぐらい機嫌が悪かったです。

佐賀県の唐津のお店だったんですが、同県の伊万里のお店に異動した時も、
近いことがあり、気を使ってくれてるの延長なのか、毎回ダメ出しがすごかったです。
分かることもあるんですが、大体が理不尽でしたし、自分と店長の2人社員のお店でしたので、
終わってからのダメ出しの電話がかかってくるの頻繁にありました。
伊万里のお店はほかの店舗より比較的新しく、
最初に店長したのがパワハラ店長でしたので、思いも強いのかもしれませんね。

2年ほど勤務して、昨年対比も24か月連続100%を超えていて、
ちょうど移動してきたときに車で30分ぐらいの長崎のフランチャイズが閉店された事もあったのですが、
いろんなメニューを考えさせてもらい営業に取り入れさせてもらったり
自由にさせてもらった結果だと思います。
店も人がいなくお客様が沢山来られるので、回転レーンにお寿司をガチガチに流すことで、
お客様も流れているレーンに喜んでもらい、また来ていただけるという、
好循環になっておりました。
2年が経ち岡山に異動が決まるころには、近くに”はま寿司”ができるようになり
この記録もすぐ途絶えてしまいました。

次は海外編も加えても岡山・山口編です。