回転寿司での経験③

パルコ編最終章です。
店長も宮崎に帰ってしまい、残ったメンバーと
新たに宮崎から来られた新入社員と中途採用の方との営業でした。
その中では、後に彼女になる女性も含まれておりました。
個性あふれる人たちで、カナダのバンクーバーの店舗に2人の社員がいかれました。
パルコ店はカナダへの出向口ような感じでした。

店長が帰られてからは店長代行を任され、
お店が忙しいのですが、人員もギリギリで、
休みを1日ずつまわす代わりに毎日休憩なく朝から晩まで働くか、
休憩が2時間ずつとれて、休みなく働くシフトのどちらにしればいいのか迷っていました。

仕事が終わってからもシフト作成や発注作業での残業でした。
隣に彼女がいてくれて、一緒に悩んでくれたのを覚えていますし、
これを書いている時に思い出しても涙がでてきます。

どんどん周りのスタッフも疲労が見えてきますし、
負のオーラがかなり増えてきていました。

すべてが空回りで、結局はやめることを選択しました。

逃げ出したかったのかもしれません。
”人や環境のせいにしない、素直な気持ちを持つ”
と言われましたが、やっぱりそれ以上に辛さが勝ってしまい、
続ける事はできませんでした。

魚の捌き方など技術的な事もそうですが、
マーケティング戦略の基本的な事や人として大事な事も
たくさん学ばせていただきましたし、
当時の自分は逃げ出しましたが、
今となってはもう少しいたかったと思ったりもしますね。

”人間味”
言葉にするとなんだか考えちゃいますが、
すべては人らしく、人間らしくが行動する事、考える事だと自分では思いました。

彼女は彼女で会社に残ることでしたので、
いろいろ話を聞いてみると、
店長が戻ってきて、何人か宮崎から連れてきて店を立て直したそうでした。

小さなお店で1000万円も売り上げていましたし、
やり方が間違っていなければ売り上げは上がるものなんだと思いました。
今はコロナウイルスで飲食店は大変ですが、その中でも売り上げている店舗はありますし、
ブランディングできていれば、並んでまでも食べたいと感じますし、
遠くても足を運んで行きたいと思うでしょう。

飲食店は難しいくて無限の可能性を持っているんですね。

自分自身は自分で店を持ちたいとは思いませんが、
多くの人が店を持ちたがっているのが少しわかった気がします。

最後になりますが、
この会社で働けた2年間は辛い事も沢山ありましが、
すごい人生の糧になったと感じます。

考え方も今までとは全然変わりました。

感謝でしかありません。

新垣さんありがとうございました。