回転寿司での経験②

さて今回は研修を終え、福岡天神のパルコの地下にオープンする話です。
久しぶりに福岡に帰ってきて、天神で働くことになります。
オープンでは20名ほどのスタッフがおり、初の福岡出店ということもあり、
宮崎で選ばれた店長、主任、ホール長もその中に入っておりました。
力の入れ具合がみえました。
20坪ほどの店舗で、横には西鉄と地下鉄を乗り降りされたお客様が通る
通り道になっている感じでした。
今回福岡パルコはシースルー感を出したいということで、
完全に店舗の中が見えており、座りこまなければ常に見えているような感じでした。
仕込みもレーンの中では手洗い場しか水を流せず、床には排水溝もないので、
魚を捌くにはかなり不向きで、裏の洗い場で魚のワタをと出し掃除し、
レーンの中のスタッフがネタを切るといった感じでした。
プレオープンでは業者様のみが入られ、どんなかんじかな?どんなかんじかな?
と、ワクワクドキドキしながら営業していましたが、お客様は全くこず、
周りのカレー屋さんやハンバーグ屋さんはかなり繁盛しており
なんだか取り残された感がありました。
月日が経ち、はじめは声を出すだけの人?(笑)もいましたが、
徐々に人が減っていき、残ったのはわずか7人でした。
店長が厳しい方で、同期の2人もやめてしまい、ホール長も心が折れて宮崎に帰ってしまいました。
店長が言っている事は間違ってはなく、自分たちの考えが浅かったからだと思いますし、
今となってはいろんな知識や技術を教えていただきましたので、
ありがたいですし、自分の中では師匠と思っています。
店自体は少しずつお客様もついてきて、
通路から丸見えなので、暖簾をつけた時期ぐらいからお客様が増え始めました。
魚の捌き方も教わり、青物→サーモン・マグロ→白身といった具合に上にのぼっていく感じでした。
9時からの出勤ですが青物は数も種類も多く、7時から仕込まないと11時の開店には間に合いませんでした。
サバと捌いて筋目にして、アジをネタにし、白身の魚を掃除しないといけませんし、
大変な分だけ成長し、今があると思います。
秋になると秋刀魚もはいり、イワシも定期的にはいり間に合わないないときもあり、
中から怒られながら裏で捌いていたこともありました。
お寿司もほかの皆さんみたいにかっこよく握りはできませんでしたが、
100円寿司出身という事もあり、スピードだけはありました。
今考えると空気をいれたり考えたりしていませんでしたので、
ほかの職人さんより、硬かったのかもしれませんね。
レーンの入れ方も独特で、
大将ポジションの方がレーンに入れるタイミング、
レーンを止めるタイミングを指示するといったスタイルでした。
入れるタイミングはお客様が入りそうになったところを見て指示し、
理想はお客様がお席に座られたタイミングでは流すのをやめ
しっかり流れている状態をつくるでした。
止めるタイミングが30秒遅れるだけで、
余るお寿司が20~30皿は増えていました。
日によって大将ポジションは変わってました。
ダラダラ書いてしまいましたが、次が最終話ですかね。(笑)